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夫が単身赴任中、大きなビール瓶も飲み込めるようになりました

2018年3月28日水曜の昼下がり、セフレの家にて
明日、夫が帰ってくるというのに、今現在、純子さん達と一緒にセフレの家にいます。私達の100人ほどのセフレ達との関係はともかく、マンコやアナルの周り、乳房などにした色々な刺青やピアスは隠しようもありません。 なので、覚悟を決めました。もう、離婚になろうと、家から追い出されようと構いません。自分の人生ですから。 そんなことよりも私は、あの日やった名前も顔も知らない男Xのチンポの味が忘れられないのです。一日中、ヨガリ狂い、気絶しまくったあの日。あの日のことを思い出しただけで、私の股間は濡れてくるのです。
※この記事は、気持ちの整理の為に書いたものです。 多少の脚色はありますが、概ね事実です。なお、皆さまのオカズのために書いたのではないので、実際には更にずっとエグいプレイも沢山していますが、そこは割愛おります。また、きっかけとなったあの乱交も同じく割愛しております。何卒ご了承ください。
プロローグ
あのA君達との乱交の後、私達は乱れに乱れました。 私も我慢できず、性欲の塊と化して、アソコをマン汁で浸らせながら電車に乗り、芳子さんの家に行き、若い体を貪り始めたのです。その日からです。私が性に目覚めたのは。
あの旅行の翌年1月から、乱交をしているうちに、抵抗感がだんだんと薄らいでいき、プレイも大胆になっていきました。おまけに、感度も徐々に上がっていき、当初は全くイケないこともあったのですが、やがてセックスをする度に何度もイクようになり、そのイキ方も激しいものになっていきました。やめようやめようと何度も思ったのですが、そう思うほどやめられずにますますハマっていきました。

やがて、乱交パーティーのイベントは月1回から月2回、さらには週1回になりました。メンバーの入れ替わりも激しいので、LINEグループの人数はいつの間にか男女200人にも膨れ上がりました。もっとも、半分以上は幽霊会員で、滅多に来ない人もいるのですが、その分色々な男や女とセックスすることができました。 
それでも、毎回は参加しないなど、火遊びは控えめにしてはいました。たぶん平均で、月に1回ほどだったと思います。
1.新しい私
しかし2年半ほど前に、夫が海外に単身赴任するようになってからはさらに、エスカレートしていったのです。その頃は、夫に悪いなと思いながらも、早く単身赴任してくれないかなと、毎日のように、チンポ型の極太ディルドやバイブでオナニーをしていました。
夫が海外に行った後、私は更に悶々とし始めました。海外に行った後の最初の乱交パーティの時のことです。純子さんやセフレのH君やI君達に、パイパンにしてみないかと誘われたのです。 最初は抵抗があったので断りました。でも、興味があったので、意を決してクリニックに行き、マンコの毛を永久脱毛してみました。
その日、誰もいないひんやりとしま冬の家に帰り、毛が1本もなくなったことを玄関の鏡で確認した時、私はスカッとした、何か新しい自分になれたような気がしました。それから、私はローションを塗りたくり、鏡の前でチンポ型の極太ディルドを、カバンから出し、それを玄関の床に吸盤で貼り付けます。そして上から、ズブリとマンコにいれ、激しくピストンをし始めました。鏡の中には、性によがり狂う雌の野獣がいました。
私はそれを見て、自分の惨めさに発狂しそうになり、雄叫びを上げました。 「ああん。」 そして、ますます屈指を激しくします。 ピチャッピチャッ ディルドが抜ける度に私の液で、いやらしい音が響きます。 「あっは〜〜〜ん。」 私はイッテしまいました。 そしてそのまま意識を失い、朝が来ました。
2.「淫乱熟女」になった私
1か月後、スタジオに行き、純子さん達と一緒に蝶の刺青をマンコとアナル、それに両乳房に入れ、恥丘には
「淫乱熟女」
との文字と蛇の刺青を彫ってもらいました。純子さんがその刺青を見ると、 「優子さんは、まさしく淫乱熟女そのものね。」 と耳元で囁きました。 私はそれを聞いただけで、アソコからダラダラと液を流していました。
ところが、その後肌が痒くなり、治癒するのに3か月以上もかかってしまい、その間はセックスもオナニーもできず、悶々としていました。その時は、ベッドの中で、涙ぐみながらもう2度と肉体改造はするものかと思ったのと同時に、H君やI君達を恨んだものです。
しかし治癒後は、その反動と夫の単身赴任、そして夏の解放感で、毎週土曜の夜に必ず乱交に参加するようになり、ますます咲き乱れるようになりました。それでも満足できずに、純子さん達と一緒に、ミニスカートの中のアソコを
シトッシトッ
と濡らせ、床にポタポタと滴らせながら、性欲の塊となり、クラブでセックスのうまそうなイケメンを、狂ったように漁りまくるようにもなりました。それからは、ほぼ毎週のように、金曜の夜にはクラブに行き、土曜の夜には、乱交を繰り返すようになりました。 さらに、娘には悪いのですが、娘の彼氏にも手を出してしまいました。
3.あの日
本題に入ります。
夏、私は興味本位で、通販で全頭マスク(口だけ空いている)付きの赤いハイレグを4人分買ってみました。その翌週、昼下がりの団地(セフレのJ君の家)で、純子さん達に見せると、 「あら。いいじゃない。」 と言いました。早速試しに着て見ると、生地のヌメヌメとした感覚が気持ちよく、それだけでマンコからいやらし〜い液がダラッダラッと垂れてきました。前は、生地で何も見えず、ただ
ミーンミーン
と蝉の鳴く音だけが聞こえます。
「こんなことで、ダラダラといやらしい液を垂らすなんて、優子は変態だな。」 J君の声です。J君は、ハイレグの下から私のマンコに指を入れます。 「ひん。」 私が悦び声を上げます。J君は、私のネットりとした液を、顔の前に近づけます。そして、 「ほらっ。飲めよ。」 と言います。 「舌を出せ。」 私は、 「べえ。」 と、全頭マスクの中から思い切り舌を出します。その時、J君は、てっきり私のマン汁を垂らすのかと思いきや、ドロッドロッとした液体を、私の頭から大量に垂らしてしまってきました。
ぷ〜ん
とした精液の青臭い匂いが、生地越しに鼻をついてきます。 「俺たちが、コツコツと貯めた精液だ。有り難く飲めよ。」 「はあん。飲みます。」 私は、鼻の上から垂れてくる精液を、出来る限り飲みます。すると、後ろから、別の誰かがチンポを入れ、ゆっくりとピストンしました。そのチンポの味がまた格別なのです。その男は、名前も顔も知らないのですが、怖いくらい私の快楽のツボを心得ており、私を何度もいかせます。さらに、手で私の乳や腰を優しくソワソワと触るのです。 はクラクラになり、口からはヨダレと精液が、鼻からは洟水が、目からは涙が、ダラダラと止めどなく流れてきます。その間にも、精液は私の頭の上から流れ続けています。 「ひい。ひい。やめでえ。」 私は、涙ながらに必死に訴えます。しかし、男はやめてくれません。 「おらあ。雌犬。ちゃんと飲めよ。」 J君が怒鳴ります。 「だっでえ。」 「おしおきだ。俺の小便を飲め。」 J君はそう言うと私の頭から、小便を勢いよく垂らします。 精液の青臭さに加え、アンモニアのつーんとした匂いがします。私は、流れてくるJ君の生温かい小便を飲みます。こんなことまでされているのに、私ときたら悦びを感じているのです。 「俺の小便、美味しいか。」 「あっあっ。おいじいです。もっど、ぐだざい。」 「名前も顔も知らない男に突かれながら、小便まで飲むなんて。海外にいる旦那さんが知ったらどう思うんだろなあ。」 後ろから、私をついている男の声がします。 「ああん。おっどの名前は出さないでえ。今はただの女でいたいのお。」 「女ではなく、雌だろ。」 男は、ピストンを早めます。私は、何度もイキつづけしまいには、潮を吹いてしまいました。 「ああ。お漏らしかよ。」 遠のく意識の中で、知らない男達の声がします。 ビシン! 「起きろ。雌犬。」 私はあの男にビンタで、起こされます。その後は、事あるごとにイキ続け意識が遠のく度にビンタで起こされ、またイキ続け・・・ その繰り返しでした。しかし、体力に限界が来てしまいついに私は、気絶してしまいました。
目がさめると、私は床の上で寝ていて、精液と汗と尿の臭いがしました。目の前は何も見えません。 ー今日もやってしまった。もう普通のセックスでは、満足できないかもしれない。 夏の夕陽に照らされながらそう思いました。
その私の一連の痴態は、誰かが撮影していたようで、後で私のスマホに動画で送られてきました。ハイレグは私のムチムチとした体に食い込み、例の 「淫乱熟女」 と、蛇の刺青が見えました。さらに、気づいたのは、私が以前より太ったこと、そして舌が長くなったことです。男達の精液を美味しそうに飲み干している私の姿は、顔が見えないこともあり、一層不気味に見えました。 J君は写っていましたが、あの男の顔は写っていませんでした。
あの日やった男は今までで一番セックスの上手い男でした。名前も顔も知らないのですが今でもあの男のチンポの味が忘れられないのです。私はクラブであの男を探しましたが見つかりませんでした。J君達もそれなりに上手いのですが、あの男に比べれば、大したことありません。
4.その後
1週間後、その夜も、絵都子さん、芳子さんと3人で、クラブに行き、そこで漁った男たちに、いたずらでお尻に指を入れられたのです。
最初は痛かったのですが、それをきっかけに、私達はアナルの魅力に気付き始め、抵抗を感じながらも、純子さんも含め4人で、少しずつアナルを開発していき、アナルのとろけるような快楽にハマっていきました。やがて、私達はアナルセックスだけではなく、二穴、三穴プレイなどにも、ハマっていくようになりました。
その頃から、私達は
・ハードSM ・露出プレイ ・肉体改造 ・野外プレイ ・放尿プレイ ・飲尿 ・浣腸 ・亀甲縛り
などなど、ありとあらゆるハードな変態プレイに手をそめ、普通のセックスでは満足できなくなってしまいました。特に、男たちや純子さん達の尿を飲んだり、逆に、自分のものを飲ませたりするプレイには興奮しました。
庭やベランダで、オマルに
ズボズボズボ
と、いやらしい音を立てながら、尿や便をするようになり、今でも乱交中は必ずそこでします。そして、自分のその惨めな姿を鏡で見せられながら、よがり狂い、雌の獣のように叫びまくるです。
1年ほど前、絵都子さんのすすめで美容外科に行き、クリトリスとインナーラビアにピアスも、沢山入れてみました。刺青の時以上に治癒するのに時間がかかり、覚悟はしていたのですが、激しい痛みとそれ以上に若い男とやれないことに苦しみました。 (とはいえそれもまた刺激でした) その代わり、治癒後はその分思い切り乱れまくりました。クリトリスにピアスを入れたことで感度も高まり、時々、気絶するようにまでなりました。
その後は、拡張プレイにもはまり、今ではマンコにもお尻の穴にも、ビールの大瓶やリンゴですらいとも簡単にズブりと入るようになりました。
は、若い男達のダラダラした汗や精液まみれの臭いタイトなハイレグと全頭マスク、エナメルサイハイブーツを履き、亀甲縛りにされ、吊るされながら、後ろから名前も顔も知らない沢山の男や女たちに、
・チンポ ・大きなビール瓶 ・ペニスバンド ・直径10cmの極太ディルド ・男の両腕
などなど、ありとあらゆる太いもので、自分のピアスだらけのマンコや刺青を入れた淫乱アナルを突かれまくるプレイにハマっています。 そんな今でも、次はどんな変態プレイをしようかと考えています。 他にも、ここには書けないもっとエグいプレイも沢山しながら、狂いヨガっています。 そこには、かつての上品で清楚だと言われていた私の面影はどこにもないはずです。しかし、何故か近所の人達からは、綺麗になったね、と言われるのです。誰も、アナルや乳房、マンコにしたドギツいピアスや刺青には気付いていないのです。ノーパン、ノーブラで、歩く度にマンピアスをジャラジャラと鳴らしているはずなのに。
いずれにせよ、あの男が私をど変態にしました。故に、私はあの男の、名前も顔も知らないあの男のチンポの味が忘れられないのです。

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